著者
大越 教雄
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.23-35, 2012-01-15

本稿では,「企業は株主のためではなく経営者の自己保身のために買収防衛策を導入する」という通説が,日本企業にも当てはまるのかを実証分析した.企業が買収防衛策を導入する決定要因(企業側の分析)と,その導入に対する株式市場の評価(株式市場側の分析)という二つの側面から実証研究を行った.その結果,二つの側面からも経営者保身が支持されなかった.さらに,企業側の分析では,IR活動に積極的な企業ほど導入している事実を指摘した.また,株式市場の側の分析からも株式市場が買収防衛策の導入に対して,経営者の保身とネガティブに捉えていない事実を指摘した.これらは,海外の先行研究結果にはない日本の特徴である.
著者
フィッツジェラルド リン ムーン フィリップ
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.7-27, 1997-03-24

企業は,財務的な業績指標だけでは表すことのできない広範な領域で競争しているのだという認識は,ますます広まりつつある.この論文は,こんにちの顧客オリエンテッドな競争戦略の中で,品質,サービス,フレキシビリティーといった要因をとらえるための非財務的な指標を開発しようとするものである.サービス業ではこの試みはさらに難しい.サービスは消えてしまう(保存ができない)ので,製造業のように需要の変動に備えて在庫管理のポリシーを用いるというわけにはいかないからである.その上,サービス提供の場では,比較的若い従業員が顧客と接触することが多く,サービスの質を一定に保つことがむずかしい.この論文は,業績のいい2つの英国企業,つまり職能的専門家としてのサービスを提供するアーサー・アンダーセン社,および,マス・サービスを提供するTNT社をとりあげ,この2社が採用しているアプローチを検討することによって,サービスが業績評価システムに与える影響を考察する.両社の業績評価システムには3つの共通点と2つの相違点がある.3つの共通点とは,Clarity(明瞭さ),つまり組織に属する一人一人に戦略がはっきりと伝えられること,Consistency(首尾一貫性),つまり採用されている業績評価システムが全社戦略にそっていること,およびRange(評価の範囲),つまり業績評価は財務指標だけでなく,非財務的な指標でもなされるというように範囲を明示していることである.一方,2つの会社の相違点は,サービスの質を測るために用いられるメカニズムと,サービスにフレキシビリティーをもたせるためのアプローチの仕方,および業績評価の仕方という諸点についてである.
著者
加藤 豊
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.35-45, 2004-11-20

本論文は,1990年代から顕在化し始めた日本企業の停滞と業績低迷現象を,外部要因ではなく,企業の経営管理上の問題に起因することを指摘するとともに,問題構造の解明にあたって,管理会計の視点からの分析が必要であることを主張している.具体的には,カンパニー制と成果主義報酬システムの運用失敗に関して,分析を行っている.加えて,管理会計の研究成果を活用した,業績向上に向けての取り組みが重要であることを記述している.
著者
徐 賢珍
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.87-102, 2000-03-31

近年韓国でも多品種化・少量化・多頻度化物流の増大,情報技術の急速な発達による物流情報化の進展,金融危機によるIMF救済金融など物流や国内外経済の環境が急変する中で物流費は急増し,企業経営を圧迫する主な要因の一つになっている.90年代に入って物流費は持続的に増加し,1997年度の売上高対物流費率は12.9%に達している.これから物流費低減の必要性ないし物流費管理の重要性は一層高くなり,そのため物流費の算定だけではなく物流費の活用に対する管理システム構築が不可欠である.本研究では,物流費低減のため必要とされる物流費管理システム構築に関する研究の一環として韓国企業における物流費管理の実態調査結果を分析することである.そのため,文献による物流費管理に関する先行研究,主要業種を対象に実態調査による物流費管理技法の実態と新しい原価管理及び経営管理技法の適用について調査を行った.研究結果.韓国企業の大部分は物流費管理システム構築の必要性を認識しており,そのため原価計算と予算管理を相対的に多く実施している.他方,物流費低減の効果を把握するための採算分析,さらに新しい原価管理及び経営管理技法の活用度が低い.しかし,物流費情報の活用度は以前より高くなっている.次に,新しい原価管理及び経営管理技法の導入は積極的に行われていない.新原価管理技法として活動基準原価計算/管理と品質原価計算,新経営管理技法としてリエンジニアリング,リストラ,ベンチマーキングなどは部分的にしか導入されておらず,またそれらの新技法の有用性を認知しているのは一部の企業に過ぎない.一方,代表的な在庫管理技法の一つとして従来から知られているJITの活用度及び有用性は他の新管理技法より高い.
著者
安酸 建二 緒方 勇
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.3-21, 2012-01-15

本稿の目的は,利益目標の達成圧力にさらされている企業において,自由裁量的支出費用の代表である研究開発費(以下,R&D費用)の削減を通じて「期中に」利益調整が行われているのかどうかを検証することにある.利益目標として注目するのは,経営者による利益予測値である.分析の結果,利益目標を達成できそうもない状況におけるR&D費用の削減を通じた利益調整が,売上高に占めるR&D費用予算の割合が大きい場合(本研究では5%以上)に見られることを発見した.これらの発見は,R&D費用の期中における削減を通じた利益調整の存在を示す証拠となる.
著者
三田 洋幸
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.47-68, 1997-03-16

相当な投資を伴うことの多い企業買収の妥当性を判断する上で,買収投資の経済性を評価することは著しく重要である.そのために,さまざまな財務手法が開発されてはいるが,実務に十分活用されているとはいえず,あくまでも判断材料のひとつにとどまり,定性要因をより重視した恣意的な判断に依存しているのが実情である.これらの財務手法の利用を妨げているのは,いずれも買収評価の条件を単純化しすぎるために,現実の買収条件を的確に反映できないためである.さらに,その理論的な限界を曖昧にして利用されることも多く,実際の買収交渉における争点と買収評価との関連性をわかりにくくしているのである.企業買収の形態を契約成立後の組織形態によって合併と買収の二つに大別すると,わが国の案件は,ほとんどの場合は契約成立後も被買収企業を存続させる買収の形態をとっている.ところが一般に,買収評価の手法として,理論的に最も合理性が高いといわれるDCF法による計算プロセスを考察してみると,実は被買収企業の資本構成を一定とする状況を前提とした評価方法であることがわかる.被買収企業を存続させる場合にそのような前提を設けることは現実のビジネススにおいては適切でないことも多く,同様の計算プロセスを適用すると誤った経済性評価に基づいた意思決定が行わることも少なくない.そこで,本研究では,買収成立後に被買収企業を存続させる場合を考慮した買収価値の評価方法を検討する.まず,第1節において合併・買収の実施プロセスと買収価値の評価方法の大要を整理し,後節におけるモデル構築のフレームワークとする.第2節では,DCF法による買収評価方法を整理し,被買収企業が保有する余剰資金運用合計の時間的価値が逓減することによる問題点を考察する.第3節では,買収取引におけるキャッシュフローと資金プールに着目し,買収評価を評価するための財務モデルを構築するとともに,数値例を展開して実務的にも容易に適用できることを示唆する.本方法論は,以下の特徴を有することで,買収評価の有用性を高めようとするものである.第一に,被買収企業を存続させる期間を考慮して,買収企業にとっての買収投資の経済性を理論的に正しく評価するための計算手法を構築する.第二に,配当政策等の利益回収の方法によって買収価値がどのように変化するかを評価する.第三に,計画財務諸表(P/L,B/S,C/F)のシミュレーションをベースにして買収価値を算定するため,経営者にとって理解しやすい評価内容を提供する.
著者
佐久間,智広
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, 2016-03-31

本研究の目的は,ビジネスユニットのマネジャーの個人差が自身のユニットの業績に与える影響を検証することにある.経営者やマネジャーが誰であるかによって意思決定が異なり,その結果として業績も異なるということは,多くの企業実務や経営学の研究において前提となっている.しかしながら,マネジャーが誰であるかによって担当するビジネスユニットの業績にどの程度の違いが生じるのかについて,理論的予測は必ずしも一貫しておらず,実証的な証拠も示されていない.そこで本研究では,株式会社ドンクにおける店舗別の財務・人事データを用いて,マネジャーの個人差が組織業績に与える影響の有無とその大きさを推定した.検証の結果,マネジャーの個人差は,ビジネスユニットの業績に対して経済的に重要な影響を与えるということを発見した.加えて,推定された個人差は,マネジャーのキャリア,年齢の違いと有意に関係していることを発見した.
著者
谷 和久 三重野 浩
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.81-94, 1992

当社の業績は,市場の急激な変化への対応が遅れる中で1987~1989年に急激に悪化した.こうした中で当社は経営組織風土の抜本的な改革のために事業部制の導入,販売体制の強化,人事制度の改定等の施策を講じたが,MRSもこうした経営風土変革のための施策の一環として導入したビール事業本部の利益管理システムである.(1990年に導入)従来の「中央集権的な本社中心のマネジメント」から,権限を支社に委譲した「分権的なマネジメント」に変革することを目指している.費用をタイムリーに管理区分ごとに把握する「発生ベース費用管理システム」や「販売情報システム」等のコンピューターシステムをベースに,従来の損益計算の仕組みを「支社だけをプロフィットセンターとする直接原価計算による損益計算」(限界利益概念の導入)に変更することにより,販売の第一線である支社の真実の利益貢献度が把握できるシステムを構築した.また,利益を販売数量,シェアとともに支社マネジメントの目標として明確に位置づけるとともに,支社のマーケティング費用等の支出についての権限の強化をはかった.
著者
西澤 脩
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.51-66, 1996-03-25

筆者は,1994年秋に主要会社1,000社に対して,管理会計の全領域に亘り227項目のアンケート調査を実施した.当調査に回答した229社の回答を集計・分析した結果を『日本企業の管理会計-主要229社の実態分析』と題して出版した.当調査を解析した結果,管理会計理論と実務の間に相当の乖離を発見した.中には理論と実務が一見正反対の傾向を示している回答結果さえ存する.なぜ管理会計理論と実務は乖離するのか,両者を融合させるにはどうすべきか.この課題に挑んだのが,本論文である.本論文では,対象とする理論と実務を定義・類別したうえ,理論と実務のうち応用理論と実態理論について両者の関連性を検討している.この場合には,乖離説や一体説は容認し難いので,融合説に立ち,いかに両者を融合すべきかを論及する.まず管理会計理論と実務の乖離・融合問題を解明するため,有用性-特に目的適合性の立場に立ち,目的適合性を単一目的適合性,複合目的適合性(経営機能別・管理階層別に細分)及び環境適応型目的適合性に分類する.これらの目的適合性別に乖離の要因と融合の方策を,内外の文献を基に史的に考察し,理論的検討の基盤とする.またこれらの立前論とは別に本音論についても言及する.本論としては,以上の検討に基づき4つの仮説(単一目的適合性,経営機能別目的適合性,管理階層別目的適合性及び環境対応型目的適合性の各仮説)を立て,これを上記の実態調査結果により例証する.最後に管理会計理論と実務の融合を図るには,日本管理会計学会に期待するところが極めて大きいことを主張し,本論文の結論とする.なお,本論文は,1995年11月10日に立命館大学で開催された日本管理会計学会第5回全国大会の統一論題において研究報告した草稿を加筆したものである.
著者
丹生谷 晋
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.39-55, 2009-02-28

本稿は,業績評価システムの情報システムとしての側面に着目し,事業部門の状況についてグループ本社(G本社)の理解を促し,適切な資源配分に資するような業績評価システムの設計・運用と事業部門の財務的なパフォーマンスの関連性を実証的に明らかにすることを目的としている.研究に当たって,「グループ経営における事業部門の業績評価システムに関するアンケート調査」を実施し,東証1部上場製造業のうち分権的組織形態を採用している企業の事業部門責任者あるいは事業部門スタッフに質問調査票を送付した.218社307部門から回答を回収し,有効回答とみなされる273部門を対象に分析を行った.従来の管理会計研究においては,財務・非財務業績評価指標による業績情報を中心に検討されてきたが,人対人に代表される非公式的な情報伝達で補完することによってはじめてG本社は事業部門の状況に対する理解が進み,それがG本社による適切な支援や資源配分に繋がり,さらに事業部門の財務パフォーマンスの向上をもたらすという因果関係をモデルによって示した.
著者
山田 方敏 蜂谷 豊彦
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.43-61, 2012-05-01

資金制約と投資水準の理論および内部資本市場の理論に基づいて,個別事業部門および多角化企業全体の投資決定に関して理論的な考察を行い,財務的視点からその妥当性を実証的に検証した.多角化企業における資金供給曲線は部門内調達,部門間調達(内部資本市場)および外部調達から構成される.部門内調達による投資水準は部門自身が創出する内部資金と固定的投資支出に依存する.これに対し部門間調達による投資水準は内部資本市場の効率性に依存する.内部資本市場の効率性は内部資金として各事業部門から供給される資金の大きさと,部門間あるいは経営者と部門との情報の非対称性に依存して決定される.妥当性を検証した結果,内部で創出する資金が多い時および内部資本市場の効率性が高い時に投資水準は高くなること,内部資金の創出が豊富あるいは固定的投資支出が少なく内部資本市場に供出される資金が多い時に内部資本市場の効率性が高いこと,資金供給の多様性が高い時に内部資本市場の効率性が高いことが明らかになった.
著者
福嶋 誠宣 米満 洋己 新井 康平 梶原 武久
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.3-21, 2013-03-31

本論文の目的は,経営計画の有用性について検討することにある.現在では,経営計画はマネジメント・コントロール・システムの基礎的な構成要素として理解されるようになっている.実際,我々が行ったレビューの結果でも,多くの管理会計の教科書が経営計画に言及していた.しかし,マネジメント・コントロール・システムとしての経営計画の有用性に関する経験的な知見の蓄積は十分とはいえない.そのためか,経営計画に関して,教科書間で異なる説明がなされている点も存在するというのが現状である.そこで本論文では,経営計画の諸要素が,企業業績に与える影響を探索的に検証した.その結果,経営計画の策定目的や更新方法が,適切な資源配分の評価尺度といえる総資産利益率(ROA)に有意な影響を与えていることが明らかとなった.
著者
山下 裕企
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.45-56, 2002-03-31

投資案の評価を行う際には、キャッシュフローの一部として投資によって生じる法人所得税キャッシュフローを測定する必要がある。この法人所得税キャッシュフローの測定には実効税率が用いられるが、日本の多国籍企業が外国子会社を通じて投資を行う場合には、国際的な二重課税を排除するために外国税額控除方式が用いられているので、これを考慮した実効税率が必要となる。そこで本研究では、まず外国税額控除方式を考慮した実効税率を提案し、投資による法人所得税キャッシュフローを測定する方法を示す。また提案する実効税率は源泉地国の法人所得税率、法人税と住民税の合算税率、事業税率、外国源泉税率、および割引率によって影響を受けるので、次にこれら各要素の変動が実効税率に対して与える影響を検討する。その結果、特に、源泉地国の法人所得税率や外国源泉税率の増加に対して、実効税率は、一定の範囲内で減少し、それ以外では増加するといった特徴的な変化をすることが明らかになる。
著者
古賀 健太郎
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.65-78, 2009-03-31

無形資産が経済価値を生む原理には,「個別資産の経済価値の増大」と「資産の組合せによる経済価値の増大」とがある.人的資産に焦点を当てれば,前者は「従業員の能力を引出す」こと,後者は「従業員の協働を促す」ことに置き換えることができる.さらに,前者は,会計情報の意思決定誘導機能,後者は意思決定支援機能と密接に関係している.米国の管理会計研究は,「従業員の能力を引出す」ために,会計情報を用いて意思決定を誘導する機能について多くの成果を上げてきた.その一方,「従業員の協働を促す」ために,会計情報を用いて意思決定を支援する機能については十分に理解されていない.むしろ,日本において,意思決定の支援機能を研究する可能性が大きい.日本の実務が「従業員の協働を促す」ことを重視するからである.さらに,意思決定の支援機能と誘導機能との相互作用についても,研究の可能性が大きい.
著者
樫尾 博 小倉 昇
出版者
日本管理会計学会
雑誌
管理会計学 : 日本管理会計学会誌 : 経営管理のための総合雑誌 (ISSN:09187863)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.3-22, 1999-03-31

本論文で扱う電力,ガス等の公益事業の利益管理は,他の産業といくつかの点で異なる特徴を持つ.1)サービスの価格(コスト)と設備利用率との関係需要の平準化による設備利用率の向上がコストの低減,利益の増大,サービス価格の低下に結びつく.2)公共サービスに対する利用者選択の硬直性規制料金のため,柔軟な料金設定ができない.また,利用者側でもサービスを利用するために初期投資が必要で,一旦選択すると簡単には代替サービスに移行できない.3)利用者のサービス購入価格とサービスの社会コストのコンフリクト関係一般的に既存サービスの利用機器の価格は,新サービスの利用機器の価格を下回る.一方,サービスの利用量が増加し,設備能力の上限に達すると,サービス提供に機会原価が生じるが,公共料金では機会原価を反映した価格設定は難しい.本論文では2つの代替的な公益サービス(電力とガス)の設備利用率のアンバランスに着目し,需要を平準化させるためのコントロールの手段として,利用者の機器導入時における補助金政策を提案する.電力会社とガス会社をそれぞれプレーヤーとみなし,ビル空調需要家の獲得を非協力ゲームとして定式化し,以下の2ケースについて定量的に分析し,負荷平準化による利益管理の提案を行う.1)現状の規制を前提として,電力会社は電気蓄熱式に,ガス会社はガス空調に対し補助金を出す.2)規制緩和を前提として,電力会社がガス会社のガス空調に対しても補助金を出す.東京電力と東京ガスについて数値例に適用してみたところ,現実には両者が熾烈な競争をしている事実に反し,規制緩和されると電力会社がライバルのガス空調に対しても機器導入時に利用者に補助金を出せば,より利益を上げることが可能なことを定量的に示すことができた.